桜の木の下で

琵琶湖を見下ろす蓬莱山の中腹に1本の桜の木があります。
私はその桜に呼び寄せられるようにこの地へとやってきました。

ささやかな夢

「住まい」についてずっと思っていたことがあります。

自然の中で暮らしたい。多少不便でもいいから静かな土地で暮らしたい。一主婦として、ごく普通でささやかな夢を持っていたんです。
やがて子供達は独立し、夫は定年を迎え、ささやかな夢はやがて大きな願望へと成長していきました。

土地探しに明け暮れること2年。

京都の山間から兵庫県、遠くは長野まで足を伸ばしたこともあります。強い思いは必ず実現するといいますが、やっと出会ったのがこの土地。
そこには琵琶湖を一望できる絶景が広がっていました。

生命力

まだ石だらけの空き地。そこに力強く根を張る木がありました。

立派な枝を気持ちよさそうに広げる桜の木。
樹齢50年以上だという立派な桜です。
シンボルツリーとして毎年春になると花を咲かせご近所の皆さんに愛されてきた桜。
不動産業者が土地を売るためにすっきりさせようとその枝を切った際にはたいそうクレームをうけたそうです。

この地に家を建てることになった時、建築関係の方々が口を揃えて「桜の木はこのままにしましょう。」と言ってくださいました。
伸び放題だった根っこと枝は最小限の伐採に止め、消毒ののち建築は始まりました。「この桜は家を守ってくれるかもね。」そう言ってくれる関係者もいました。
きっと、なにか強い力を感じられたのでしょう。

お庭の施工担当者は根っこの周りを守るように石で美しく囲ってくれました。基礎工事の際に出た大きな石を再利用してくれたのも嬉しかった。

庭に植える木は桜とのバランスを考えたものばかり。ナンキンハゼ、白樫、ヤマモミジ、そよご。 主役はもちろん桜。
素敵なお庭にならないわけがありません。

引力

 この桜に魅せられたのは私たちだけではありません。
通りすがりの方が写真を撮らせて欲しいといって来られたことがありました。
聞けば照明のカタログ製作に携わっている方で満開の桜と我が家から漏れる明かりを撮りたいのだといいます。
特に断る理由もなかったので快諾。桜の満開日とお天気を加味して撮影日は決まりました。

スティールカメラマンとアシスタントなど総勢8名のスタッフさんたちは花冷えのする中、日が暮れるのを待ち撮影は無事に終わりました。後日、送られてきた写真にはちょっとよそ行きの我が家と桜が写っていました。
主役はやはり桜。

桜の季節に合わせて我が家を訪れてくれる友人もいます。「この桜が見たい」といいます。
太く、ゴツゴツした幹に手を当て、「ありがとう」と声をかけてくれる人もいます。
通りがかりに足を止めて桜をまぶしそうに見上げる人もいます。

桜の木の下で

気品と可愛さが同居するその佇まいに、人は心を包まれるような優しさを感じているのでしょう。
桜は人の「思い」を理解し受け止めてくれているのかもしれないですね。

山の春は少し遅いもの。春は目前とはいえまだ風は冷たい。

今年はどんな「思い」を運んできてくれるのでしょう。

桜の木の下でムスカリが芽吹いています。