医師、早川一光さんが教えてくれたこと

先日、NHK Eテレで放送された番組

ETV特集「こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ」

がとても印象に残りました。

以前お世話になったことのある早川一光先生の特集だったこともあり見ていましたが、先生にお会いした当時のことや、両親の介護をしていた頃のことを思い出しました。


2018年6月2日早川一光さんは京都市右京区の自宅で亡くなられました。94歳。本人の意志により葬儀は行いませんでした。

眼の前の現実にひたすら向き合い、患者さん、その家族に寄り添い続けた人生でした。

こころより哀悼の気持ちを表するとともに、私と私の両親に寄り添っていただいたことに感謝を申し上げます。

~2018.6.16追記


在宅医療のパイオニアとして知られる早川一光さん(93歳)ががんになった。「畳の上で大往生」を説いてきた医師自らが患者になり、死を見つめ語るメッセージを聞き取る。

早川さんは、戦後まもなく京都西陣で診療所づくりに参加。「西陣の路地は病院の廊下や」を合言葉に、病院を出ても安心して暮らせる在宅医療の体制を整え、「畳の上で大往生」を説いてきた。今、その早川さん自らが患者となった。自宅のベッドで一日の大半を過ごしつつ死を見つめた時、語る言葉は「こんなはずじゃなかった」。その言葉にこめた思いは何か?医師や家族、訪問者と、命と医療をめぐる対話を続ける早川さんを見つめる。

番組HPより


自分の理想を追い求めてきたけれど
思うように社会を変えることはできない。

自分が患者となり、いままでの立場と違う様々な「思い」や「葛藤」に苦悩する姿がそこにはありました。

しかしその一方で、93歳の病床にあってもベッドの周りに若い医師たちが集まってきて、一緒になって介護について語り合う姿はまぎれもなく「医師 早川一光」であり、私のお会いした「早川先生」そのものでした。

早川先生の言葉

私は比較的早くに「親の老い」と向き合うことになりました。

父の認知症。

30代後半のことでした。

突然の父の異変に驚き、認知症と知った時は呆然としました。
その時、私は「在宅で見てあげたい」との思いを強く持っていましたが身近に相談できる人もおらず、いろんな病院に電話で相談をしました。

そんな中、たどり着いたのが京都の堀川病院「相談室」でした。

長時間にわたる話も、じっくりと聞いてくださったのをよく覚えています。後日、両親を伴って堀川病院を伺い、お会いしたのが早川先生でした。

診察そのものはすぐに済み、両親を帰したあと先生に、私の率直な気持ちや悩み、不安を聞いていただきました。一つひとつの質問や悩みに、丁寧に優しく答えていただいたことが認知症について全く知識のなかった私にとって大きなの救いとなりました。

早川先生のご説明はとてもわかりやすく、目の前の雲が少しづつ晴れてくるような気がしました。

どんなこともすべてを受け止め、心身ともに寄り添ってあげなさい。

その後、約1年半ほどの通院しました。早川先生は患者さんのことだけではなく「そばにいる側」の気持ちを汲んでくださったうえで、かけていただいた言葉は今でも心に残っています。

実感

人生の中でこんなはずではなかったと思うことは何度かあると思います。歳を重ねて老いを感じると、それは実感となります。

若い時に見て感じていたこととは違い、実際の立場になって「初めてわかる気持ち」は多くあります。

夫の両親、私の両親、4人の「老い」は4人ともまったく違ったものでした。

ただ、共通していたことがあります。

それは『会うたびに新しい課題が生まれるということ』

意識して明るい気持ちを持って会いに行くのですが、毎回新たな課題に直面しどう対応いいのかわからず、重い荷物を背負っているような気持ちになりました。心身ともにクタクタになる帰り道。それが日常でした。

それでも「時間の許す限り会いに行こう」と心に決めていました。目の前の課題に正面から向きあうには本人のそばにいる、それしかありませんから。いくら悩んでいても解決はしません。電車に乗って病院にむかう時間が、悩んで苦しくもあった一方、いろいろと考える時間でもありました。

メッセージ

そんな状況の中、気がついたことがあります。

親は身をもって子供に老いた姿を見せてくれているのではないか?

『あなたも同じ道を歩くのだからよく見ておきなさい。そして、あなたの道を歩きなさい』

そう言われているような気がしました。

これは親からのメッセージ。そう思うと、重かった足取りも少し軽くなり、また前に進もうという気持ちになれました。

いま思うと、あの経験は人生の先輩からの「教え」であり「エール」だったのだと思うのです。自分自身が「老い」を実感するようになり、当時の親の気持ちがわかるようになりました。

あのとき、早川先生は「老い」との向き合い方を教えてくださいました。その機会を与えてくれたのが老いてゆく親。早川先生はもちろん、機会を与えてくれた親にも感謝しています。いまの私はあの経験なしには存在しえませんでした。そして、逃げずに、目をそらさずに向き合ってきて良かったと思っています。

なぜなら、私も「老い」を歩くのですから。