ずいぶん前の話ですが、近くの公民館で1年間だけ開催された書道教室に参加したことがありました。先生は美しい字を書くのはもちろん、お話がとても上手で明るい雰囲気の方でした。 受講しているほとんどの人が筆ペンを使用していましたが、私は細筆と墨を用意しました。 細筆は筆ペンとは違い、筆が柔らかいので持ち方や力の入れ具合が繊細で、なかなか思うようにコントロールできません。ちょっとした力の入れ具合の変化で、イメージとはまったく違った文字になってしまいます。 細筆を準備してきたのが珍しかったのでしょうか、先生はこまめに声をかけて、とても丁寧に教えてくださいました。「筆運びがむずかしいな。」あれこれ悩みながらも先生の美しいお手本に感心する日々でした。 ある日、教室が終わりご挨拶をして帰ろうとすると、先生が色紙をプレゼントしてくださいました。 百川学海而至于海(ひゃくせんうみにまなびてうみにいたる) 色紙とともに美しい字で書かれた解説が同封されていました。 そこにはこのように書かれていました。
多くの川が絶えず海を目ざして流れ、ついには海に注ぐ。 人も絶えず努力し続ければ、ついには目的に到達しうるということ。この言葉にあるように「コツコツとがんばりなさい」という激励のメッセージだったのだろうと思います。 一生懸命 がんばっているのを見て、気にかけてくれる人がいるんですね。
織物仲間で一緒にお出かけしたり、仲良くお付き合いをさせていただいている方がいました。落ち着いた雰囲気があり、姿勢が美しい方でした。 ある夏の日、その方から宅急便が届きました。なんの前触れもなかったので「なんだろう??」といぶかりながら箱を開くと、立派な掛け軸が入っていました。 蓮華水在如(れんげのみずにあるがごとし) 同封されていた手書きの解説には・・・
ハスの花が泥水の中にあっても汚れることがないように、人が俗世間にあって汚されないこと。 清廉潔白で世俗の汚濁に染まらない人のたとえ。と書かれていました。 人付き合いがあまり上手ではない私のことをそのように評してくださり、嬉しかったのと同時に、「そんな生き方をしてください」という励ましの言葉だと感じました。 あとになって知ったことですが、その方はとても有名な書道の先生だったのです。
二人の書道の先生からいただいた言葉のプレゼント。
百川学海而至于海(百川、海を学びて海に至る。)
蓮華水在如(蓮華の水に在るが如し)
奇しくも、どちらも水に関係する言葉です。 自然界の水がそうであるように、「流れに逆らわずあるがままでいたい」と常からそう思っていたので、どちらの言葉も深く私の心に響きました。 「人の心は読み聞きした言葉で形成される」と私は信じています。 今までに出会った人々や読んだり聞いたりした言葉が、私の考えや心を形作っています。 この言葉もそう。すてきな言葉をありがとう。夏がくると、ふと思い出す 2人の書道の先生からの2つのプレゼント。 川のせせらぎや波の音のように いつも私の心にさりげなく響いています。 それはきっと、夏からの贈り物だったのだと思うのです。