引き裂いた生地を使って織物をする。
引き裂かれた生地が結ぶ、人と人の縁。
あの出来事は、神様の気まぐれなプレゼントだったのでしょうか?
織りの世界
『織りの世界』というものは『織り方』と『素材』の組み合わせ方によって表現は無限に広がっていきます。
そこが織りの奥深さであり、難しさであり、楽しさでもあります。
そんな無限の世界なら織り方というのは一体幾つあるのでしょう?
何百、何千通りの方法があるのかと思いきや、世の中にある織物=生地は、ほぼ三種類の方法で織られています。
「平織り」「綾織り」「繻子(しゅす)織り」
三原組織(さんげんそしき)と呼ばれる織り方です。
他に「絡み織り」という方法もあり「四原組織」とも言います。
緯糸(よこいと)は「かお」
織りの世界は緯糸(よこいと)の素材や染め方のバリエーションによって個性が生まれ、どんどん広がって行きます。
例えば、ウールを使った場合は生地に「ふんわり感」と「暖かさ」、リネンを使った場合は「シャリ感」と「通気性」という表情と性格が生まれます。
江戸時代、庶民のこころ
いろんな緯糸を試しながら、生地の表情を楽しむ。
あーでもない、こーでもないと言いながら、こまめに緯糸を変えてみてはやり直してみたり。それは織りの楽しさを感じる時でもあります。
そんな中で、とても興味を持っていた方法があります。
それは『裂き織り』。
生地を細長く裂いたものを織り込んでいくという手法なのですが、古くなってもう着なくなった着物を使用すると、とても綺麗で柔らかな生地が出来上がります。
江戸時代、度々出された「贅沢禁止令」によって新しい生地が手に入りづらくなったそうです。そんな時、擦り切れて着られなくなった着物をリサイクルしたのが裂き織りの始まりとも言われています。
江戸時代の庶民は、たくましい。
裂き織りは、生活の知恵が生んだ方法だったんですね。
着物の裂き織り
長年使い込んだ着物はとても柔らかいんです。
多少のシミや傷があっても、細長く裂いてしまうので全く気になりません。
古い着物は今にはない、色使いや柄を教えてくれます。見ているだけでも楽しいものですが、それらを織り込んでいくと味わいのある、丈夫な布が出来上がるのです。
現役を退いた着物が、形を変え新しく生まれ変わる。
日本人が古来から大切にしてきた「もったいない」という「こころ」だと思います。
約束
ある日、古着屋さんに行った時のことです。
裂き織り用の素材にと着物の切れ端をみていた時、見知らぬ女性に声をかけられました。
「何に使うのですか?」
たまたま持っていた織り布を見せ、織りをしていることを告げると、「これなら、うちにたくさんあるから今度贈ってあげましょう」と言ってくださいました。
親切な方だなぁと思いつつも、特に期待もしていなかったので、そんなことはすっかり忘れてしまいました。
贈り物
ある日、大きなダンボール箱が2つ送られてきました。
送り主の住所や宛名に心当たりがなく「何だろう?」と思って箱を開けると、なんと中からは大量の反物が…。
古いけど綺麗な着物がびっしり入っていました。
そこでようやく気づいたのです。
「あの時の人だ!」
何気なく交わした、『あの約束』を覚えていてくれたのです。
なんて「親切なひと」なんでしょう。さっそく、送り状に記載されている電話番号に連絡をしました。
嬉しくて何度もお礼の気持ちを伝え、ありがたく使わせていただくことにしました。
君の名は
その時初めて知ったことなのですが、その方は呉服屋さんだったのです。
ご自宅には蔵があり、家の建て替えで蔵の整理をした時に出てきたものだそうです。
それを古着屋さんでたまたま出会った私に分けてくれたのです。
熱心に布を選んでいる私をみて、どうせ処分するのなら大切にしてくれる人に使ってもらおう。そんな風に思ったそうです。
あの時、1分でも古着屋さんに行く時間がずれていたら、この出会いはなかったかもしれません。
「縁」の不思議さを強く感じたできごとでした。
着物を送る時、送り状に送り主の住所と名前を記入しなければなりませんが、その方はできれば名前も住所も明かさずに贈りたかったそうです。
なぜ、そんな話をしたのかはわかりませんでした。
あえて理由も聞きませんでした。
その時の反物は今も大切に使わせていただいています。
使うたびに「親切なあのひと」への感謝の気持ちがあふれてきます。
ありがとう。
その気持ちも一緒に織り込んでいます。
人との出会いは、本当に不思議なものです。